Berkeley

2009

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→2008

偉大なるさんぽ(1)

2009年02月28日17:14

今日の日中はまたしても、部屋で仕事をしているばやいではない、太陽が降りそそぐとてもいい天気でした。

というわけで、さんぽ。

お気に入りのトレッキングシューズを履いて、自分の二つの足で自由にノシノシ世界を歩く快感。これは、ぼくの人生の大きな歓びのひとつとなりました。

今日は、山の上のキャンパスのはずれにある、あこがれの「Lawrence Berkeley National Laboratory」を目指しました。これは名前の通り、原子力や遺伝子工学をはじめとする最先端の科学技術に関する研究所が集中しているところです。 ここだけで、すでに10人以上のノーベル賞研究者を擁してきた場所です。そして何よりも、ここがあのヒロシマ・ナガサキの原爆を開発した「マンハッタン計 画」の発祥の地でもあります。

ぼくは原子力問題を調べにここUCバークレーに来たにも関わらず、この間、日本でたまった仕事を片付けるのに日々追われ、本格的にその「心臓部」 へアクセスしてきませんでした。ようやく日本での負債も返し終わる見込みが立ち、今年に入って新たに3冊の本(いずれも訳書や共著ですが)を出版できそう です。

それで研究の後半、いよいよその天王山に登るつもりで、「サイクロトロン通り」(写真左)という名のついた急な坂道をズンズン登って、そのラボの入口までたどりつきました。「原爆が開発された場所に、自分は近づいている…。」

しかあああし。

予想通り、身分証を見せたにもかかわらず、ゲートで「あなたは入れません」とさ。「どこに用事があるのですか?」ときかれて、「いやまあ、ちょっとぐるぐる見るだけ」といういかにも怪しい答えをしてしまったのが悔やまれます。

考えてみれば、最先端の、しばしば国家機密にもかかわる研究。いくら客員研究員とはいえ、簡単に入れてはくれません。悔しいので、追い返されたゲートを撮ってきました(写真中)。今度はとっておきの別の方法で堂々と中に入って見学してやるぞっ。

写真の右は、その高い場所からとったキャンパスとサンフランシスコ湾です。その息をのむような美しい風景に、「やっぱり登ってきてよかった」と納得しました。(続く)





偉大なるさんぽ(2)

2009年02月28日17:41

さて、山を降りて、次にキャンパスのもうひとつのまだ行っていない場所を訪れました。

それはぼくにはあまり縁がないのですが、ビジネス・スクールです。ぼくの偏見では、いわば金持ちたちがMBAを取る場所です。「Haas School of Business」といいます。

写真左を見てもわかるように、飛びぬけてきれいな金持風の建物です。寄付が多いのでしょう。ぼくが関わっているような学問分野とはさすがに違います。この大学は、山に向かって高くなればなるほど、権力やお金に近い気がします。

さて次に訪れたのは、さらに下って、学内にある「Faculty Club」です。これはいわば、キャンパス内のホテルです。今度お客さんが来るので、その部屋を予約したのですが、本当にいい所なのか、さんぽのついでにチェックしようというわけです。

写真の真ん中を見てください。古いのですが、とっても静かで落ち着いた宿舎でした。とても快適そうです。うちの大学もこういう施設がほしいな、と思いました。

そして最後に、学内の美術館と人類学博物館を覗いて帰りました。途中のカフェの時間を入れて、所要時間約3時間の「偉大なるさんぽ」でした。こんな幸せな毎日でいいのでしょうか。

写真の右は、美術館の庭にあった桜の木です。もう花が咲き始めています。バークレーは、これからさらに花が咲き乱れる季節を迎えます。





映画 『The Sari Soldiers』を観て

2009年02月28日19:08

今日の夜は、「Human Rights Watch」という世界的な人権NGOと大学の共催による国際映画祭の最終日だったので、ドキュメンタリー映画、『The Sari Soldiers(サリーを身にまとった兵士たち)』(Julie Bridgham監督/2008年/アメリカ・ネパール)を観に行きました。

1990年代半ばから10年以上も続いたネパールの内戦を描いたドキュメンタリーです。

時間をかけて丹念につくられているのが分かるだけでなく、ドキュメンタリー映画がひとつの「平和構築」の役割を果たしうるという可能性を示した名作であると感じました。

ネパールで兵士として戦ったのは、なぜか多くが女性でした。王党派の政府軍も、マオ派と呼ばれる抵抗軍も、多くが女性によって構成されていまし た。この映画では、反乱軍兵士の女性、政府軍兵士の女性、政府軍に娘を殺された女性、反乱軍に息子を殺された女性、街頭で政府に果敢に抗議行動を続け、革 命運動に身を投じる女性、国際的な人権活動に従事する女性などが、それぞれがもつ経験や視線、さらにそこから発する肉声に寄り添って映し出されます。

田舎の美しい自然の中で、迷彩服や兵器を担いで移動するゲリラの女性たちの映像は、とても異様に映ります。しかしそのことが、この紛争の本質を見 事に表しています。近代―国家―権力闘争―軍隊―男社会―イデオロギーの論理の中で、もがいて戦う女たち。彼女たちは、いったい何のために、何に向かって 戦っているのか。

この映画では最後に、「敵」同士であったはずの女たちが、映画を介して話し合いの場を共有するというシーンが出てきます。戦いの果てに、和解や平和的な対話ということの重い重い意味が問われます。

無知や教育の不在という暴力。それにあぐらをかく腐敗した権力。それこそが、無数の悲惨の根源にある。そういう真実にも再度気がつくことができま した。「苛政は虎より猛なり」といいますが、政治権力は常に用心していないと、すぐに民衆を死に至らしめる可能性がある。その意味で、民衆の「政治教育」 という最重要の課題にも改めて思い至りました。

そしてそれをもっとも必要としているのも、世界の周辺に生きる何十億もの女性たちだということです。