Berkeley

2009

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講義(20世紀の日本)

2009年04月08日07:45

毎週私は、A.バーシェイさん(歴史学部教授)の講義「20世紀の日本」に出るようにしています(写真)。

目的は主に三つあります。

●日本の現代史をアメリカから見るとどのように見えるのか、体系的に考えてみたい。特にバーシェイさんの初期戦後史の見方を学びたい。

●アメリカの大学の授業の様子を体験してみたい。学生の様子も見てみたい。

●講義で使う英語の水準や、語彙などを確認したい。自分の英語の能力も磨きたい。

いずれの目的も十分満たされ、充実しています。

バーシェイさんの講義は、「アイディア(理念)」がいかに力強く現代史を形作ってきたのかを具体例や一次資料もつかってわかりやすく伝えます。単 なる「政治史」ではなく、また単なる「思想史」でもなく、その両者を架橋する、私にしっくりくる講義です。政治家やエリートのみならず、当時の大衆の心理 構造も分析しながら、重層的かつグローバルな視点で20世紀の日本が描かれます。

学生は、このかなり高度な内容の講義に、ざっと半数はしっかり食らいついているという感じです。一方、後ろの方では、モバイルPCを開けてはいる ものの、ネット・サーフィンをしたり関係ないことをしている学生もいます。これは日本と変わりません。私から言わせれば、彼らは本当に高い学費を払ってい るはずなので「もったいない」というしかありません。

後でバーシェイさんにもうかがったのですが、高校時代の知識だけでは講義にでてくる人名や歴史的事実はカバーできないようです。つまり、彼らは (少なくとも優等生は)講義で初めてきく人名や歴史的事実をノートに書き写し(あるいはPCに打ち込み)、後で一生懸命独学で自分の知識の欠落部分を補う というわけです。

授業はいつも10分遅れて始まり(私たちは「バークレー・タイム」とも呼んでいます)、しかも参加者30名ぐらいの比較的コンパクトな授業であるにもかかわらず、学生も途中で自由に教室を入ったり出たりします。コーヒーを飲んでもかまいません。

しかし、教員が話している最中は、教室はシーンと静まり返り、知的な緊張感で満たされます。誰一人、おしゃべりをする学生などはいません。

それは必ずしも、学生が全米でもトップクラスの優秀な学生であるというだけに理由を求めることはできないと感じます。むしろ、私の見立てでは、教員の醸し出す知的な「迫力」が、学生を圧倒するという感じです。

教員が研究の最先端で常に「何か」を追い求めているその雰囲気が、学生を惹きつけるのです。教員の研究が本物だからこそ、学生たちもたとえ内容が ちょっとわからなくても、なんだかワクワクさせられる。個々具体的な知識よりも、歴史を見る時の知的な「観点」や「センス」、そして何より、その「緊張 感」や「高まり」が伝えられていく。

改めて、大学の教員が本当になすべきことを考えました。
学内行政や文部科学省発のつまらないペーパーワークで消耗するのではなく、教員は自分自身が常に高まっていなければならない。教員が何より若者たちに伝えなければならないものは、その最先端の知的な「雰囲気」であるということ。

「参加してもいいですか?」とお願いした時、バーシェイさんは、「もう先生には出る必要のない授業でしょうが」と謙遜しておっしゃいましたが、なんのなんの、このように目からうろこのでき事がたくさんあるのです。





講演(北朝鮮をどう見るか)

2009年04月08日14:46

今日は、政治学部教授のT.J.ペンペルさんが、先日「ミサイル発射実験」を敢行した北朝鮮について講演をするというので出かけてきました。

ちょうど数週間前にピョンヤンを訪れたばかりということで、撮ってきた写真を見ながらのお話でした。

結論から言えば、さすがにその分析には説得力があり、ぼくもその多くの点に共感しました。

まず第一に、北朝鮮国内で、明らかに、軍事や安全保障による生き残りを優先する「先軍政治」が経済開放・近代化派に比べてさらに突出するように なっている(その背景には、あるいは金成日の死期が近づいているということもあるかもしれない)。それは同じ社会主義体制のベトナムや中国とまったく異な る点である。

第二に、それゆえに、北朝鮮では現在所有している核を、できるだけ早く兵器として有効なもの(weaponized)にするということが優先課題としてあったのではないか。

そして第三に、「ミサイル」の発射は、自国のミサイルテクノロジーを途上国に示すための、そして外貨を稼ぐための、ハイテクビジネスの一環であったかもしれない。

というものです。

だとすれば、ぼくも前の日記で書いたように、北の体制は結局グローバル化の中での浮上(take off)という道があまりうまくいかず、もっぱら軍事力に頼らざるをえなくなるという末期的な事態を迎えていることになります。

私は質疑応答で彼に次のような質問をしました。

「オバマ政権が誕生し、対北朝鮮政策が転換するかもしれないこの時期になぜあえて実験を行ったのか。それはあまり合理的には見えない。なぜ「今」だったのか、その理由についてお考えはありますか?」

ペンペル教授は、北朝鮮の行動はやはり「合理的」ではなかったとしながらも、やはり安全保障重視の国内勢力の台頭、そして安全保障問題をあまり重 視しないオバマ政権へのけん制、あるいはアメリカの注目を終始かちとるためのものだったのではないか、といういくつかの仮説を示してくださいました。

他にもたくさんの質問が出て、とても充実した内容の講演会でした。また、東アジアで何かが起こるとすぐにしかるべき研究者が現れ、公開講座などでことばを発信するというこの大学の在り方に、改めて感服せざるをえませんでした。