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 心を込めて仕事をし       社会に立ち向かって理事長祝辞ジして欲しいのです。困難に向き合っても、それを時代や他人のせいにせず、自らが勇気を持って立ち向かい、夢の実現に努めて欲しいのです。自分の人生は自分の足で立って、前を向いて自分の手で藪をかき分けて進んでゆくしかないのです。全力を尽くした人生なら納得も出来ます。一度の人生です。納得のゆく人生を送ってください。卒業される皆さんにもう一つ申し上げたいことがあります。それは、先程申し上げたように経済優先・成長優先の時代だからこそ「人間性を大切に生きてほしい」ということです。それに関連して私が最も尊敬し、最も今大切にされるべき経済学者であると思っています„ソースティン・ヴェブレン“の言葉を紹介します。彼は1857年7月に生まれ、1929年8月に亡くな本日第17回卒業式をめでたく迎えられました287名の卒業生の皆さん、卒業誠におめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。角田山、弥彦山を望む「みずき野」のキャンパスに青春の思い出を深く刻み、いままさに巣立っていく皆さんに一言、激励の言葉を贈ります。ったノルウエー移民の子でアメリカの経済・社会学者です。シカゴ大に長く奉職、その後スタンフォ―ド大、ミシガン大などを転々としました。女性問題などもあって学問的業績の割には恵まれず1929年10月ウォール・ストリートの株価大暴落に端を発した世界恐慌の2カ月ほど先に、自らの恐慌予告の結果を見ずに静かに亡くなりました。一般的には制度派経済学の創設者として評価されていますが、世界恐慌発生後ケインズ経済学が注目され、その先駆者として評価されたほか、近年リーマンショックにより再び「資本主義が生まれながら持っている営利企業が産業体制を管理する矛盾は、経済破綻の大きなリスクとなる」との指摘が注目されています。私はヴェブレンがウ新潟国際情報大学は昨年、開学20周年の記念すべき年を迎えましたが、私は12月に大学を運営する学校法人新潟平成学院の理事長に就任したばかりです。本日は、先般、新潟日報社の社長を退任されたばかりの高橋道映相談役がご来賓としてお越しいただいておりますが、私も新潟日報社の同人であります。私ごとで恐縮ですが、遡ればちょうど半世紀も前になりますが、私は新潟地震の年、昭和39年に、県紙であります新潟日報社の記者としての道を歩み出し、その後経営者としても長い間新聞と付き合ってまいりました。そしてこの間、口癖のように後輩たちや社員に言い続けてきたのが「心を込めよう」という言葉でした。「心を込めて記事を書き、心を込めて新聞を作り、心を込めて読者に届けよう」と事あるごとに言うものですから、「またか」と辟易する社員も多数いたのではないかと思います。なかでも私がとりわけ声を大にして、このことを言ったのは、今年10月でちょうどォール・ストリートの株価暴落、バブル・崩壊を予告した時に、その根本原因として指摘した「人間は絶対的豊かさで満足出来ず、相対的豊かさでのみ満足する動物であるため、激しいバブルを産む危険がある」との言葉を今噛みしめています。この鋭い指摘はそのまま80年後に発生したリーマンショックでも全く当てはまっているからです。「人間は経済的欲望を際限なく追い求めて何処まで行くのだろうか」と暗然とした想いで今を眺めています。私は最近講演等で「奪い合えば足りないが、分かち合えば余る社会」を目指すことを訴えているのもそうした想いからです。このヴェブレンの言葉は「人間にとって大切なこと、真の幸福の条件は経済的豊かさにあるのではなく、もっと別なところにでした。記者たちは、それこそ泣いたり、叫んだり、泥まみれになって被災地を走り回り、「心を込めよう」という私の口癖に応えるように記事を書き、写真を撮り続けました。このことは私の最大の誇りでもあるのですが、情報が途絶えて何が起きたかもよく分からない中で孤立感を深めている山古志、川口などの被災地に号外や朝刊を届けた時、避難所の住民から思わず歓声が上がったという話を、ヘリコプターで届けた販売局の社員から聞きました。新聞が被災地を励まし、勇気づけたのです。電気やガス、水道と同じように「心を込めて」作った新聞が、まさにライフラインの一つになったと私はその時確信しました。皆さんは今日この日をスタートラインに、実社会に一歩を踏み出すわけですが、人生これ、という決まった生き方はありません。一人ひとりが、それぞれの長い人生を生き、それぞれが異なる頂上、高さを持つ人生の山々を一歩一歩登っていくことになります。険しい山、なだらかな山、それぞれが違うから面白いわけですが、皆さんにたある」ことを意味しています。ややもすると、人はマネー重視の風潮の中で、「一番大切な人生の生きがい」を見出すことを怠りがちになります。どうか高い志を持って、心を豊かにし、人間味に溢れた「大いなる人」になる努力を常にしてください。その際、他人のために役立つ人になってください。あるアフリカの国の諺に「右手は左手のために、左手は右手のために」という言葉があります。私たちは自身の存在が自分だけのためだけではなく、他人のためにもあることを忘れないでいてください。最後に卒業後も本学に熱い想いを寄せ続けてくださるようお願いします。本学は昨年創立20周年を迎え、この4月から新たな学部体制の下で21年目のスタートを切ります。引き続き本学が地域に必要な大学であり続けるとともに、この地域で活動している本学の卒業生にとって、誇りの持てる母校であり続けたいと思っています。これからは皆さんとは卒業生としてお付き合いしてゆくことになりますが、街で逢ったら「学長、大学はどうですか」と声をかけてください。その時は「おお!しっかりした人生送っているな」と感じられれば学長としてこの上ない大きな幸せです。皆さんの卒業後になって申し訳ありませんが、夏過ぎに20周年事業の「学生会館」が完成します。この会館が卒業生にとっても心の拠り所になることを願っています。同窓会活動等に大いにご利用くださるよう期待しております。今年のみずき野への春の訪れは例年になく早そうです。それは本学として21回目の春であり、新入生を迎える季節でもあります。皆さんの後輩を迎えるわけです。人々はこうして春とともに新たな人生に向ってスタートを切ります。皆さんは社会人としての人生に歩み出します。そんな皆さんにあらためて卒業おめでとうと申し上げますと共に、その前途に幸多かれとエールを送って私のお祝いの言葉といたします。新潟国際情報大学 学報 国際・情報 平成26年4月発行 2014年度 No.11410年になる2004年の中越地震発生の時               学校法人 新潟平成学院理事長 星野 元

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