なまもの2011年


柳原極堂展 (2011年12月28日)愛媛人物博物館(松山市・愛媛県生涯学習センター内)
大駱駝艦・壺中天「壺中の天地」 (2011年12月25日)大駱駝艦・壺中天(武蔵野市吉祥寺)
Noism写真展「篠山紀信が撮るNoism―SKF松本2011『中国の不思議な役人』創作ドキュメント―」 (2011年12月23日)万代シティ・ビルボードプレイスBP2・1F(新潟市)
森達也講演会「生きる:その困難さの中で」 (2011年12月17日)新潟国際情報大学 新潟中央キャンパス 9Fホール 「Ola!aga!! 〜 新潟水俣病をみて・ふれて〜」兼「映画の中の市民社会:特別編」
Noism1&2合同公演「劇的舞踊 ホフマン物語」改訂版再演 (2011年12月16日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)劇場
トークライブ「生きる:阿賀野川からの希望」 (2011年11月11日)新潟国際情報大学 新潟中央キャンパス 9Fホール 「Ola!aga!! 〜 新潟水俣病をみて・ふれて〜」兼「映画の中の市民社会:特別編」 平山征夫、遠藤麻理、司会:越智敏夫
Dradition 藤波辰爾デビュー40周年記念 (2011年11月11日)新潟市東総合スポーツセンター
Noism対談 柳都会 其の壱 (2011年10月23日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)スタジオB
人形浄瑠璃文楽 (2011年10月3日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)劇場 昼の部 「双蝶々曲輪日記」<八幡里引窓の段> 「新版歌祭文」<野崎村の段> 夜の部 「団子売」 「摂州合邦辻」<合邦住家の段>
ちず屋の2階大行進2011「齧歯目に団栗」 (2011年9月18日)ちず屋の2階(新潟市)
現代能楽集VI 奇ッ怪 其ノ弐
ロレンツォ・ギエルミ オルガンリサイタル (2011年9月3日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)コンサートホール
九州新幹線全線開業記念特別展 よみがえる国宝 (2011年8月28日)九州国立博物館3階特別展示室(太宰府市)
人形浄瑠璃 杉本文楽 曾根崎心中 (2011年8月16日)神奈川芸術劇場ホール(横浜市) 『杉本文楽 木偶坊 入情(でくのぼういりなさけ)曾根崎心中付り(つけたり)観音廻り』
新潟ジャズストリート:渋谷毅+市野元彦デュオ ゲスト外山明 (2011年7月16日)新潟国際情報大学中央キャンパス1Fカフェテラス
山本真希オルガンリサイタルシリーズ (2011年7月15日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)コンサートホール グレンツィングオルガンの魅力 No.12「スペインのオルガン音楽U」
金森穣&山本真希 震災復興支援公演 (2011年7月1日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)コンサートホール ■Noism作品  □「Under the marron tree」/井関佐和子ソロ  □「火の鳥」/Noism2 ■オルガン演奏/山本真希  □J.S.バッハ:「われら悩みの極みにありて BWV641」  □ジャン・アラン:「リタニー」 ■APRICOT作品  □「スーホの白い馬」(2011年8月上演作の1シーンを先行披露)
名和晃平<シンセシス> (2011年6月25日)東京都現代美術館(清澄白河)
増山士郎<成層圏 Vol.2> Noism1 "OTHERLAND" (2011年6月25日)ギャラリーαM(馬喰町)
Cirque du Soleil "Kooza" (2011年6月24日)原宿ビッグトップ
土の翼-Les Ales De La Terra 公演 世界妖精妖怪紀行 (2011年6月23日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)能楽堂 (第一部)鳥姫 (第二部)秋妖記
Noism1 "OTHERLAND" (2011年5月27日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)劇場
東京交響楽団 第65回新潟定期演奏会
ラ・フォル・ジュルネ新潟「熱狂の日」音楽祭2011【313】 仲道郁代(ピアノ) (2011年5月8日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)コンサートホール ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 op. 13 「悲愴」 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 op. 57 「熱情」 (アンコール) ショパン「ノクターン20番 遺作」 エルガー「愛の挨拶」
ラ・フォル・ジュルネ新潟「熱狂の日」音楽祭2011【311】 仙台フィルハーモニー管弦楽団 三ツ橋敬子(指揮) (2011年5月7日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)コンサートホール ベートーヴェン:「コリオラン」序曲 op. 62 ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op. 92
ラ・フォル・ジュルネ新潟「熱狂の日」音楽祭2011【215】 ウラル・フィルハーモニー管弦楽団 ドミトリー・リス(指揮) (2011年5月7日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)コンサートホール ベートーヴェン:「エグモント」序曲 ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 op. 67「運命」
二兎社「シングルマザーズ」 (2011年4月18日)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)劇場
初春文楽公演【第一部】 (2011年1月5日)国立文楽劇場(大阪・日本橋) 寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう) 傾城反魂香(けいせいはんごんこう)  土佐将監閑居の段 染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)  油店の段  蔵前の段
初春文楽公演【第二部】 (2011年1月4日)国立文楽劇場(大阪・日本橋) ひばり(旧字体)山姫捨松(ひばりやまひめすてのまつ)  中将姫雪責の段 傾城恋飛脚(けいせいこいびきゃく)  新口村の段 小鍛冶(こかじ)

現代能楽集VI 奇ッ怪 其ノ弐
2011年9月6日
りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)劇場

世田谷パブリックシアターの芸術監督である野村萬斎が企画と監修をしているという「現代能楽集」の新作。いろいろ噂は聞くものの、実際は見たことがなかった劇団「イキウメ」を主宰する前川知大の書きおろし。ちなみに前川さん、柏崎出身だそうです。

で、これがとても面白かった。おそらくは「東日本大震災後を語る作品」として長いあいだ、これから上演されていくんじゃないでしょうか。演劇において「死者との対話」というのはけっこう使いつくされているモチーフだと思うけれど、今年の3月11日以降、生き残った人々が共通して漠然と考えているであろうことをパッケージとして提示しているように感じた。

突然の天災で死んだ人たちの話。でもそれぞれのエピソードや科白も面白かったけれど、いちばん感動した(というのも変か?)のは、その全体の構造のようなものだった。「現代能楽集」という題のとおり、能(特に夢幻能)がこれまで表現しようとしたものを、今の観客にまっとうに伝わる形で表現してみたら、こうなりました、という舞台だった。それが三島ともまったく違う形になっていたのが、当然といえば当然ながら、2011年3月11日以降を感じさせる。

でも、これは「ちょっと恐い」というよりは「かなり怖い」舞台だと思うけどなあ。たしかに「笑わずにはいられない」ところもあるけれど。基本はホラーだよねえ。


東京交響楽団 第65回新潟定期演奏会
2011年5月22日
りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)コンサートホール

指揮:シュテファン・アントン・レック
ヴァイオリン:シュロモ・ミンツ

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番よりガヴォット(アンコール:ヴァイオリン)
マーラー:交響曲 第5番 嬰ハ短調

これは感動しました。クラシックのコンサートでは久しぶり。初めてオペラで感動した時、初めて文楽で感動した時、そういう経験を思い出したほどです。本当はいろんな原因が重なりあって感動したのだとは思うけれど、以下、簡単に。

行こうと思ったのはシュロモ・ミンツ。有名人に弱いということなんですが、こういうのをきっかけにしないと素人クラシックファンとしてはコンサートに行かなくなってしまうので。

とはいえこのプログラムだと、どうしてもミンツが「前座」のような感じになってしまいました。音質はとてもきれい。本当にこれはちょっと驚くほどにきれい。そのぶん、軽い感じに聞こえました。もっとはっきり言うと、この曲にしてはあっさりしすぎ。でもあのヴァイオリンの音に触れたからいいかなあ、とも思う。バッハの無伴奏パルティータのアンコール付。

ということで「真打」のマーラー5番。レックの指揮は「情熱もってます」という感じが強い。ときにはジャンプさえしている。後ろに落ちないかと心配した。でもマーラー本人もこんな感じで指揮したんじゃないかと思わせるものでした。

東京交響楽団の演奏は「どかどかうるさいロックンロールバンド」かと思うほどうるさい。でもそれが心地よいのが不思議。ホルンやトランペットのファンファーレがすばらしい。やっぱりフルオーケストラのファンファーレってすごい。特にホルンがこんなに表現力が豊かな楽器だということをあらためて認識しましたです。その「うるさい」1〜3楽章が終わって第4楽章のアダージェット。この曲の場合、第4楽章だけが映画や演劇などでも頻繁に利用され、この部分だけ聞くことが多い。でもこうして全体を通して聞くと、第4楽章も含めてまったく印象が違います。

3楽章から、一転してハープと弦楽器だけになるという唐突な展開もびっくりする。静かな音で驚くという経験もめずらしいものでございます。特にその最初と最後。とことんピアニッシモで、いつ始まって、いつ終わったのか、わからない。その緊張感。この感じもすごくよかった。で、この史上最強の恋愛旋律。

まあ有名な話として繰り返されるように、42歳のおっさんマーラーが22歳のアルマを好きになったら、こういう曲を作るようになるんですねえ。気持ち悪くもあるけれど、妙なところで感動もしてしまう。

ただやはりこの曲を聞くと「たーじおぉぉぉ」というダーク・ボガードの台詞を思い出します。『ベニスに死す』。タージオを演じたのはビヨルン・アンドレセン。友人(男性)の誰かの部屋にポスター貼ってたなあ。あれは誰だったんだろう?

とか、第4楽章聞きながら、いろんなことが思い出されました。でも曲と演奏自体の威力が大きく、そういうこちらのちまちました記憶なんか消えていきます。音楽を聴くということはなんだろう、という小賢しい疑問さえ消えていった。ほんとによかった。

その後の第5楽章もどんどん進んで行って大団円。なんでこんなによかったんでしょうか。ほんとの理由はわかるわけもない。

ダーク・ボガードのおかげかなあ。違うよねえ。でもトーマス・マンは『ベニスに死す』の主人公アッシェンバッハのモデルとして自分とマーラーを選んでいるわけだから。ファーストネームなんか、グスタフですよ。小説の中で描写される外見もマーラー本人みたい。さらにヴィスコンティの映画では主人公を小説家から作曲家へ変更しているので、さらにマーラー度が高まるし。だから「動くマーラー」というとケン・ラッセルの『マーラー』の人(名前忘れた)よりもダーク・ボガードのほうを思い浮かべてしまう。

ということで、感動したホールからの帰り、口ずさんでいたのは当然、パンタの「マーラーズ・パーラー」でした(←意味不明)。


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