システム作りの難しさ
2000
年 6月
日本が誇る新幹線システムの技術力は、広く海外でも評価され、台湾に輸出されることが決まったそうである。私も年に30回近く上越新幹線を利用して新潟、東京間を往復するが、いつも新幹線の運行システムのすばらしさを実感している。実際、この6年間で到着時刻が遅れた経験は、地震の際に線路点検のために列車が停車したことによる2回だけである。特に上越新幹線が雪に強いことは特筆に値する。雪のため列車が遅れた経験は皆無である。東海道新幹線が、米原付近で雪に泣かされているのに比べ、後から作られた上越新幹線の設計には、先行システムの運用経験がきちんとフィードバックされているということであろう。
昭和38年に東海道新幹線開業前の試乗会に参加し、小田原近郊のテスト区間で時速200
kmを人より早く体験したのが私の自慢であったが、その後昭和39年に開業して以来35年間、運行中の人身事故はゼロという記録が続いている。このような世界にも類のない信頼性の高いシステムを実現するための要件はどのようなものであろうか。新幹線の運行システムを構成している要素には、車両、配電設備、信号通信設備、レール、トンネル、橋梁などのハードウェアや、運行状況の監視制御用コンピュータとソフトウェア、それに乗務員、運行監視オペレータ、保守技術者などのヒューマンウェアがある。これらすべての要素の品質、技術力が非常に高い上に、そのレベルを維持し続けるための品質管理や教育訓練のシステムが、常に最善の状態で機能し続けていることが、長期にわたり信頼性の高いシステムを我々に提供し続けている理由であろう。
とはいっても、複雑なシステムの運用中には思わぬ事態が発生する。システムを設計するときには、運用中に起こり得るあらゆる故障、障害、操作ミス、環境変化、故意の妨害といったトラブルを事前に予測し、十分な検討を行い、対策を立てておくことが重要である。そして、もしそのようなトラブルが起こっても大事故にならないようなシステム(フェールセーフシステム)を作らなければならない。新幹線運行システムの場合、十分なフェールセーフシステムが設計され、そのとおり機能しているといってよいであろう。
最近、いろいろな所で人為ミスによる大きな事故が起こっている。東海村核燃料施設の臨界事故や、薬の量や種類を間違えた医療ミスで死亡者が出ている。機械はある時間使い続けると故障が起こるし、故障の前兆を捉えることができる。これに比べ、人間のミスを予測することは難しい。新幹線でも長い運用の間に、大事故につながりかねない人為ミスがなかったはずはない。大事故に至らなかったのは、運行に関係する運転手、監視オペレータ、保守員などの不注意、思い込み、勘違いでどのような事態が発生するかが事前に十分に分析され、それに対する対策がシステムに盛り込まれていたからであろう。新幹線では、運転手のミスが大事故に結びつかないように、列車の加速、減速、信号確認はシステムが自動的に行うように作られている。極端に言えば、運転手の仕事は列車のスタート、ストップ、前方監視だけであると聞いたことがある。費用が許せば、自動化できることはできるだけ機械に任せたほうがシステムの信頼性は高くなるということであろう。
2.いただけない新幹線自動改札システム
新幹線運行システムのすばらしさに比べ、昨年導入された新幹線の自動改札システムはいただけない。東京駅で降車し、改札口を通るたびに不快になる。大勢の降車客が列を作って自動改札機を通ろうとするが、
5人に1人ぐらいはブザーが鳴り、ゲートがしまって出られない(首都圏の在来線の自動改札機は100%に近い通過率である)。後ろに並んだ客は、入りかけたゲートから後戻りし、故障かと思い別のゲートに移ろうとする客もいて、並んだ列が混乱する。5人に1人も不正乗車の客がいるわけはない。一方、自動改札機は設計通りに動作し、正しくゲートを閉めている。何が悪いのであろうか。客がシステム設計したときに想定した通りの動作(切符の入力)をしていないのである。新幹線では、多くの客は乗車券と特急券の
2枚の切符を持っている。新幹線の自動改札機は、その2枚を同時に読み取り口に入れても、それらを自動的に判別し正しい切符かどうか判断できる新鋭機である。したがって、客は2枚の切符を同時に読み取り口に入れなければならないのに、多くの客は1枚しか入れない。それでゲートが閉まるのである。これは客が悪いのであろうか。客のせいにすることは簡単である。しかし、根本的な原因は、システム設計時において乗降客の行動分析が不充分であったことにあるのではないであろうか。客の行動分析がきちんと行われていれば、事前に次のような客の行動特性が把握できたであろう。こうした客の行動特性を考慮して自動改札システムを設計していれば(例えば、自動改札機に読み取り口を
2つつけるとか、その操作注意は車中で行うとか)、これほど客の通過率の悪いシステムにはならなかったであろうと思う。
3.システム作りの難しさ
上記の
2つの事例を比較して何がわかるであろうか。自動改札システムの事例は、不特定(どのような人が含まれているかわからない)の利用者の行動を、あらかじめ予測してシステムに組み込むことの難しさが表面化した例である。事前テストや試験運用を行ったであろうが、本運用と同じ人員構成や混雑度を人為的に作るのは難しかったであろう。そのため、事前に想定した不特定の利用者がとるであろう行動が、予測範囲を超えてしまったということであろう。あるいは、在来線での運用経験から得られたデータを、安易に新システムの設計に適用してしまったのであろうか。これにくらべ、新幹線運行システムでは、運行にかかわる運転手、監視オペレータ、保守員などの限られた特定の人を対象に行動分析を行い、彼らの行動特性がシステムに盛り込まれている。運行システムが長期間無事故で推移しているのは、彼らの行動が事前に予測された範囲内に収まっているので、システムが事前に事故を防ぐことができているといってもよいであろう。不特定の人を対象にするのに比べ、特定の人の行動は精度よく予測できるものなのである。さらに、特定の人を対照にするのであれば、定期的な教育により彼らの行動のレベルを常に一定に保つことが可能であるし、彼らの行動をシステムに適合するように訓練することも可能である。
不特定の利用者を対象にするオープンシステムと、特定の利用者を対象とするクローズシステムでは、システム作りにあたっても異なる視点で考えることが必要なのである。
4.システムの損得勘定
さて、新幹線の自動改札システムは、利用者に不評であるばかりでなく、開発者の損得勘定でも問題を抱えているのではないであろうか。システムを開発する前には、お金をかけて作るシステムが、どのような利益や効果を生むかを検討し、費用に見合う効果が期待できることを前提に開発される。自動改札システムは、次のような効果を期待して開発されたと推測できる。
システム開発の大きな目的であろう(
1)と(2)については、改札機の通過率が悪いために達成できていないのは明らかである。東京駅では、今でも改札係の駅員は、自動改札機の前でゲートが閉まって出られない客の対応に追われている。人数は減るどころか却って増やしているような気がする。さらに混雑時には、アルバイトの女性が改札機の前で、切符は2枚一緒に入れてくださいと叫んでいる。この状態はいつまで続くのであろうか。自動改札機の改良がなされるのであろうか。あるいは、時間が解決してくれるのであろうか。システム作りの難しさを教えてくれる事例である。