佐々木寛平和研究ゼミナール 卒業論文タイトル一覧

最新年ごとに順次更新していきます。

2013

●「かわいい」論――「やさしさ」の発見
●日本のアジア主義と朝鮮――宮崎滔天を中心に
●シュタイナー思想の可能性――新しい人間から新しい社会へ
●現代人の<恋愛>のゆくえ
●「サバルタン」としての原発労働者
●パウロ・フレイレ――人間解放の教育学
●「ニューヨーカー」とは何か――コスモポリタンのアイデンティティ
●ホスピタリティ――おもてなしの社会史
●日本はナマコの眼からよく見える――鶴見良行 再読
●ナチスのプロパガンダ――大衆をつかむ技術について
●アメリカの福音派――その原理主義と社会への影響 
●ヤマモト・ヨウジ論――闘争としてのデザイン
●フィンランドの子育て支援から学ぶ――地方自治体の役割と課題

2012

●『豊かさ』の再定義――曲がり角の日本で考える
●映画から考える戦争の真実――ベトナム戦争映画を観る
●ハワイ論――日本人にとって『ハワイ』とは何か
●サン=デグジュペリ『星の王子さま』を再読する
●滅びゆく屋台文化――日韓の比較から
●自由主義経済の道徳的基礎――アダム・スミス『道徳感情論』の再読
●NBAとアメリカ社会
●ジネディーヌ・ジダン

2011

●国際結婚を考える―その現状と課題
●ストリートダンスの起源と可能性
●パリ・コレクションの展開と現代世界
●TPPは是か非か―日本農業の視点から―
●「フードシステム」を考える―V.シヴァ、S.ジョージ、R.パステルを媒介に―
●地域から見る原子力発電所―新潟県、柏崎刈羽原発発電所を事例に―
●フリースクールの可能性~新潟における調査と検討~
●暴力としてのダイエット
●E.フロム/M.フーコー/G.オーウェルからみる現代の≪支配≫
●拘束としての化粧、解放としての化粧
●ピーター・ドラッカー試論
●「魔女」から考える現代世界―世界の再魔術化に向けて―

2010

●「オタク文化」再考―若者はなぜ仮想現実に向かうのか
●人はなぜ自殺するのか―その克服のために
●ジェノサイド―現代暴力の本質
●「ココ・シャネル」―女性の自由と自立について
●歴史としての化粧―「キレイ・イデオロギー」をこえて
●「在日コリアン」の呼称問題
●カート・コバーン―「グランジ」という生き方
●母性保護論争にみる与謝野晶子―自立精神の軌跡
●アドルフ・ヒトラー論―現代の「カリスマ」はいかにして誕生したか

2009年

●カラシニコフ―兵器開発と兵器拡散から見える世界
●ツーリズムと日本人―ポスト・マスツーリズムに向かって
●日本における英語教育の課題―発信型の英語教育に向かって
●竹内敏晴の思想―身体・レッスン・愛
●ドメスティック・バイオレンスの現実―その克服のために
●フェアトレードの課題と展望―新時代へ向けて
●「農業青年クラブ」の研究―新しい農業の胎動
●文化としての子育て―モンゴル・フランス・日本
●就職における日本の男女格差―WLBの実現に向けて
●インドにおける中間層の研究―経済発展の光と影

― 他学年 ―
●スローライフ運動の可能性

2008年

●ファシリテーターの思想―ワークショップの可能性―
●新潟の多文化共生を目指して―言語サービスの試み―
●戦後日本における<演劇>の変遷―衰退する公共空間―
●ミサイルと市民―佐渡・妙見山巨大レーダー建設計画と「妙見山森の仲間たち」の活動―
●ディズニーランドの魔術―それはいかにして作られたのか―
●「やさしさ」のゆくへ―闘う「やさしさ」へ―
●恋愛依存症―恋愛にのめりこむ人々―
●朝鮮学校―イメージとの闘い―
●なぜ女性は化粧をするのか―過去・現在・未来―
●フルトヴェングラーの闘争と敗北―音楽と政治の闘い―
●‘日本人’の日本軍「慰安婦」についての一考察―戦時性暴力は国境を超える―
●藤田省三における「精神の野党性」―「実践」としての「他者の認識」―
●「サダコ」のいる風景―ホラー映画の政治学―
●岡倉天心『茶の本』を読む―天心がプロデュースした「日本」―

2007年

●女性の生き方と子育て
●色彩の政治学
●田舎にとっての「国際化」とは何か
●現代日本における若者の労働観
●子どもと社会―「子ども問題」と「心の教育」の限界―
●現代管理社会論
●ベンヤミンにおけるいくつかのモチーフについて
●フェアトレードの可能性―不公平な世界を超える道―
●ルワンダ紛争を考える―地域紛争とメディア―
●透明な存在を生み出したもの―神戸連続児童殺傷事件を考える―
●結婚を考える
●市民の国際協力を考える―NVCを中心に―

2006年

●家族愛とは何か ―過去と現代を比較して―
●多文化主義を考える Multiculturalism ―アメリカ合衆国の事例を中心に据えて―
●「自己責任」論とはなんであったか?
●中国の反日デモを考える
●テロリズム再考
●にいがたの公共空間とアート ―新時代の「にいがた」を創造する市民活動の技術とは― The Art of Creation "Niigata" as a Public Space
●絶望の中で生きる知恵 宮台真司を読む
●携帯電話の政治学

2005年

●現代に生きる三国志
●アストロバイオロジーから見た現代文明
●「地球市民」として生きるということ
●テレビ・リテラシーを考える ~番組制作の内側から~
●仏教思想と平和
●市民社会と科学
●食・暴力・平和 ―生命の政治経済学
●児童虐待の構造
●日本人はなぜ血液型を信じるのか
●好さんのナショナリズム
●エンパワーメントの理論と実践 ―フィリピンのマイクロファイナンスを事例として―
●E.Hエリクソンのアイデンティティ論
●エコツーリズムによる途上国の経済的自立と多文化的発展の可能性に関する一考察
●幸福の国、ブータン王国 ~真の「豊かさ」を考える~

2004年

●広告との付き合い方 ―広告批評の可能性―
●すばらしい新世界 ―生命管理の現在―
●「日本人」を考える ―開かれた「日本人」論に向けて―
●北欧の「平和構築」に学ぶ
●収容所論
●イラク戦争を考える ―事実は構成される―
●児童虐待を考える ~構造的暴力の中の子供~
●報道の自由と人権 ~松本サリン事件を通して~
●21世紀の出生前診断に求められること
●「尊厳ある死のために」 ~日本におけるホスピス及びターミナルケアの今後
●サッカーから見るスペイン
●「パレスチナ問題」の歴史と市民的平和構築の試み

2003年

●公共性とオウム真理教
●戦争と情報
●『オタク』再考
●幸福論 ~アルテュール・ショーペンハウアーに即して~
●金大中の「太陽政策」を考える
●医療事故を考える
●「象徴天皇制の権力構造 ~われわれが「畏怖」するもの~」
●原子力と民主主義 ~巻原発問題をめぐって~
●安楽死について ~望ましい死のあり方~
●「美容整形に関する一考察」
●女性労働の歴史と現状 ~「家事労働」のゆくえ~
●ペットと人間の理想の関係を求めて

2002年

●ナムヌの家からのメッセージ ~暴力をこえて~
●金大中のメッセージ ~新しい民主主義の時代に向けて~
●商業広告の戦後史 ~現代日本の消費文化~
●サッカーの社会史 ~スポーツとナショナリズム~
●侯考賢の映画と台湾社会
●イスラエル・パレスチナ問題を考える ~試論~
●アダルトチルドレンと現代社会
●サグラダ・ファミリア~未来からの贈り物 ~私のアントニオ・ガウディ論
●全体主義を考える ~『1984年』再読~
●日本における女性労働の歴史

2001年

●EUにおける環境政策とサブシディアリティー原理 ―環境保護に向けた重層的取組み―
●臓器売買から見える世界 ―あなたは買う?それとも・・・。
●モード「流行」の構造 ―日本人の顔にみる「美」の変遷―
●NGOの正当性に関する一考察
●文化としてのキムチ ―食文化と東アジア―
●「循環系社会システムの構築」 ―日本のごみ問題から―
●「構造的暴力としての児童虐待」 ―歴史・現状・要因―
●死刑に関する一考察
●「慰安婦問題」の意味を考える ―歴史を学ぶということはどういうことか―
●女性が働くということ ―「性別役割分担」を越えて―
●「環境問題に取り組むことの意味」 ―富山市を事例にして―
●失言の構造 ―日本の政治とことば―