贈ることばにかえて 2004年度

  新潟に赴任してあっという間に四年が経ってしまった。ということは、今年の卒業生は、彼らが在学していた四年間フルに何らかの意味で私と関わった学生たちである。それだけではない。本学で「新カリキュラム」が施行されたのも四年前であるから、彼らは本学の新しい教育プログラムを経たはじめての卒業生となる。いろいろな意味で節目の代である。

 今ひとりひとりの顔を思い起こすと、高い学費に見合うだけのしっかりした教育ができたのか、もっとできたことはあったのではないかといろいろ心残りも浮かんでくる。だが、大学の四年間ばかりで、学生に何か画期的な経験を与えることができると考えるのも教員の思い上がりかもしれない。比較的つき合いが長かったせいか、自分が歳をとったせいか、むしろ学生たちとの楽しい思い出だけが次々と浮かんでくる。

 これから時代は暗くなっていくと思う。毎年毎年、かつては信じられなかったことが起こり、またあっという間にそれに慣らされてしまう。君たちが卒業した年に、日本の軍隊は戦後はじめて大手を振って海外の戦闘地域に出かけた。君たちが卒業した年に、日本国憲法の本格的な「再検討」が始まった。君たちの子供たちの時代にはこの国はどうなっているだろう。正直、あまり希望に満ちた未来を描けない。

 これからも、職場や地域でますます弱い者が蹴落とされ、だれもが生き残るために過剰な競争を強いられる時代が続くかもしれない。人間が人間として生きられないような社会が広がっていくかもしれない。社会全体が内向きになって、自分より弱い者に対して手を差し伸べる余裕などますますなくなっていくかもしれない。そういうひどい社会をつくってしまった「大人」の一人として、君たちには謝罪のことばしか思い浮かばない。

 しかし「贈ることばにかえて」あえてことばを発するとすれば、まずは君たちに生き残ってほしい。どんなことがあっても、最後まであきらめず生き抜いてほしい。それから、本当にできるだけでかまわないから、ときどきは自分の周りを見渡して、組織や集団の「周辺」にいて声も発することができない人のことも考えてみてほしい。自分にとって邪魔だと思ったり、関係ないと思ったりする人々の生命や生活についても想像力を働かせてほしい。それが、「知性」というものだと思う。

 君たちの卒業論文はそれぞれタイトルもテーマも異なるが、気がついてみると、全部が底のほうでつながっている。人間の生命や生活(life)が大きな組織や社会制度との葛藤の中で、常に正統と異端、ウチとソト、中心と周辺、強者と弱者、聖と俗、味方と敵などの<境界>を挟んで切り裂かれる。その中で、われわれは一体どのように「人間として」生きていったらいいのか・・・。その問題を君たちはそれぞれのやり方で考え抜いたと思う。

 自信をもって。お元気で。それから、たまには大学にも顔を見せて、進歩のない教員を叱咤激励してほしい。短い間だったけど、懲りもせずつき合ってくれてどうもありがとう。

 2004.1.27.