| 所 属 | 情報文化学部情報文化学科 |
| 職 名 | 教授 |
| 連絡方法 |
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| 学 歴 | 1979年 上智大学外国語学部ロシア語学科卒業 1986年 慶応義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程
単位取得満期退学 |
| 学 位 | 博士(法学)(慶應義塾大学,2000年3月) |
| 職 歴 | 日本国際問題研究所ロシア研究センター研究員 1995年 新潟国際情報大学助教授 |
| 研究分野 | 主な研究分野は、20世紀の日ソ・日ロ関係の歴史を東アジアの国際関係の中で考察することである。特に1917年のロシア革命、また第2次世界大戦、さらにはペレストロイカからソ連解体にいたる時期に関心をもって研究を進めてきた。 |
| 所属学会 | ロシア東欧学会、日本国際政治学会、アジア政経学会、軍事史学会、ロシア史研究会 |
| 担当科目 | 国際政治学、日ロ関係論、国際政治史 |
| 主要業績 |
著書
- 『ロシアの対外政策とアジア太平洋―脱イデオロギーの検証』(単著)(有信堂、2000年)
- 『日本の岐路と松岡外交―1940~41年―』(共著)(南窓社,1993年)
- 『アジアの中の日本と中国―友好と摩擦の現代史』(共著)(山川出版社、1995年)
- 『東アジアのロシア』(共著)(慶應義塾大学出版会、2004年)
論文
- 「ソビエト政権初期の対日政策(1917.11~1921.8)―対米政策との関連で」(慶應義塾大学法学研究会法学研究第63巻第2号,1990年2月)
- 「ゴルバチョフ政権と日米関係―安保条約容認をめぐる対日政策形成機構の認識を中心に」(ソ連研究第11号、1990年10月)
- 「ソ連における日本軍国主義観―ブレジネフからゴルバチョフへ―」(外交時報第1276号、1991年3月)
- 「真珠湾とソ連外交―1941年日本をめぐる米ソ関係」(軍事史学第27巻第2・3合併号、1991年12月)
- 「ワシントン会議とソビエト外交―極東共和国の役割を中心に」(政治経済史学第307号、1992年1月)
- 「アメリカ国務省の対ソ認識(1917.11~1918.7)―駐ロシア大使フランスの役割を中心に」(慶應義塾大学法学研究会法学研究第66巻第2号、1993年2月)
- 「モスクワと極東、アジア・太平洋―ロシアの対外政策路線の一考察」(外交時報第1302号、1993年10月)
- 「ペレストロイカとソ連のアジア・太平洋観」(ロシア研究第18号、1994年4月)
- 「冷戦構造崩壊後のロシアの対外政策―中東欧の位置づけを主軸に」(慶應義塾大学法学研究会法学研究第67巻第12号、1994年12月)
- 「NATO拡大問題とCIS―ロシアの対外政策における位置づけ―」(新潟国際情報大学情報文化学部紀要第1号、1998年3月)
- 「ロシアの対外政策における中国―戦略的パートナーシップの限界―」(新防衛論集第25巻第4号、1998年3月)
- 「APEC加盟問題とロシア―アジア太平洋国際経済協力体制におけるロシア極東」(海外事情、第46巻第9号1998年9月)
- 「NATOの東方拡大とロシア―ロシアにおける国家安全保障観との関連で―」(新潟国際情報大学情報文化学部紀要第4号、2001年3月)
- 「ロシアの外交戦略と米国のユニラテラリズム―イラク戦争をめぐる米ロ関係を中心に―」(ロシア・東欧研究第33号、2005年9月)
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