学部紹介


極東連邦大学

私の留学体験記 【 情報文化学科3年 長橋 優太 】

 私は、2013年8月10日から、12月14日までの約4ヶ月間、ロシアのウラジオストクにある極東連邦総合大学へ留学してきました。「なぜロシアに留学するのか」と周りの人から何度か聞かれたが、取り立てて大きな理由はなかったと思います。しいて言えば、「近いわりにあまり縁がなく、印象の薄い国であるロシアをこの目で見て、実際に生活したい」程度のものでした。

 ロシア語コースの留学生は例年、女子の割合が多く、今年度にいたっても女子4名、男子1名という非常に偏ったものでした。当初はこの状況が不安だったものの、充実した留学期間を過ごすことができました。

寮での生活

 寮では、各々が2人部屋に分かれて生活しました。私の暮らした部屋は前の年にもNUISの学生が暮らしていたらしく、先輩との縁を感じました。机とベッドが2人分あり、トイレとシャワーも各部屋にある。だが、このシャワーが10月半ばまでお湯が出ず、それまでは毎日冷たい水を浴び、その後に湯沸し器で沸かしたお湯をかぶっていました。冬になれば寮は全館暖房が入り、部屋の中だけではなく寮全体が24時間暖かい状態になります。

 炊事は寮の各階にあるキッチンで行ないました。食事時には様々な人が入れ替わりながら料理をします。そのため、「何を作っているの?」から会話が始まることもありました。また、寮母さんの部屋では、レンジを使うことができました。

 洗濯は、3階の寮母さんに頼むと週に1回ではあるものの、洗濯機を使わせてくれます。時間が空いていればすぐにでるが、空いていなければ「あと2時間待って」など言われる場合もありました。そのため、手洗いが苦にならないような細かい洗濯物は手洗いをしていました。

 その他、生活するうえで困ったことがあったら寮母さんに相談すれば、大抵のことは解決します。

授業

 寮の1階と大学は渡り廊下でつながっており、外に出ることなく教室へ向かうことができます。この大学では少人数のクラスに分かれて授業を行うのですが、私達は新潟国際情報大学のみのクラス編成となっていて、ほかの国の人と授業で交流する機会がほとんどなかったのは残念でした。

 時間割は1コマ90分の授業が金曜日以外3限まであり、8時半から始まります。授業時間にはまだ日が昇らず、外は真っ暗な中で授業をしました。授業は先生とのコミュニケーションを中心に行い、毎日楽しく授業をしました。ただ、当然ながらすべてロシア語で行なうため、はじめは先生の言っている言葉がまったく聞き取れず、単語を全て辞書で調べるところから始めました。そのため最初の1ヶ月くらいはずっと不安でした。ですが、先生方は教え方が上手で、生徒が分からなくても根気よく分かるまで説明してくれるので、しばらくすると言っていることがなんとなくわかるようになってきて、留学の中で初めて成長を感じた瞬間でした。

 授業は文法、会話、発音、歴史、文化などの座学だけでなく、音楽や美術などの実習や、しばしば外に行き、散歩がてら博物館やカフェに行ったこともありました。

日々の生活

 ウラジオストクの街は地理的にアジアに近く、街を見ると所々でアジアの片鱗を覗かせていました。走っている車はほとんどが日本から輸入された車でしたし、街を歩けばところどころ日本製品を扱う店や中華料理屋などがあり、アジア系の顔立ちの人もたびたび見かける。ただ、やはりロシアというべきか、ヨーロッハ゜風の建物が数多く立ち並び、はじめはその日本とはまったく違う町並みに圧倒されました。

 食材等の買い物は寮の近くのスーパーを主に使っていました。ロシアのスーパーは日本と比べて野菜が少なく、生物は鮮度が悪いことが多かったです。しかし、乳製品は圧倒的に多く、スーパーの中で最も多い売り場面積を占めていた様子でした。また、日本と違って量り売りが多く、一部を除いて、野菜や果物は量り売りでした。惣菜も量り売りで、「あれをどのくらい下さい」などと注文をするのですが、たいていは注文より多く渡されます。会計の際は「袋は必要ですか?」や「小銭はありますか?」などと言われることが頻繁にありました。はじめは聞き取れませんでしたが、しばらくしたら問題なく聞き取れるようになりました。

 まれに、バスに乗って中国市場に行くこともありました。ここでは家電、服、果物、野菜、パン等、様々なものが安く購入できました。安いことは安いのですが、うっかりしていると質の悪いものをそれなりの値段で売られることもあったので注意が必要でした。次第に慣れてくると値下げ交渉もできたりしました。

 ウラジオストクは海に囲まれており、寮の裏には海が見えましたし、少し歩けば海岸に出ることもできました。海岸はいつも人でにぎわっており、お土産の出店がありました。

 テレビ塔のある丘に登って、日の出を見たこともありました。そこからはウラジオストクを見渡すことができ、綺麗な景色をみることができましたが、朝はとても寒く、手が悴んで動かないこともありました。

 ウラジオストクには、マクドナルドやスターバックス等がありません。その代りわりにカフェが多く、ざっと思い出してみても両手で数えきれません。日本と比較しても値段は安く、カフェめぐりは楽しみの1つで、休日はカフェで友達と昼食をとってそのまま話し込むこともありました。

 ウラジオストクは、丘に囲まれており、坂が多かったです。寮の近くにはスーパーマーケットや薬局、カフェなどもあって生活にはさほど苦労しませんでしたが、どこに行くにも坂を上り下りする必要がありました。そんな市内を移動するときにはバスを使うことが多かったです。バスは市内一律17ルーブル(50円程度)で、本数や路線もかなり多くて便利でした。最初に乗ったときは少し勇気がいりましたが、便利なゆえに活用してば行動範囲を一気に広げることができました。

準備

 ロシアは寒いと思われがちですが、実は、夏には新潟と同じくらいまで気温が上がるため、行く時期によっては夏物も必要だったりします。また、冬物のコート等はかさばるので、ウラジオストクで買って帰るつもりで持ってこないこともできます。実際、私は夏以降はほとんどロシアで買ったものを着ていました。

 自炊する場合、日本の調味料はかなり高いので、醤油や味噌は韓国のもので代用することになると思います。何かしらこだわりのある人は調味料を日本から持ち込むといいかもしれません。特に、出汁の類はほとんど見かけなかったので、持って来れば良かったと後悔しました。

 大抵のものはロシアで買えるとはいえ、薬などは日本の飲みなれたものを持っていくといいと思います。また、地元の写真や、ペットの写真などもあると会話のネタになっていいと思います。他にも、天ぷらなどの日本の料理は割と有名なものがあるので作れるようになるといいと思います。

最後に

 留学に行く前は様々な不安があり、「申し込んだら行くしかないよね!」なんて申し込んでしまった数ヶ月前の自分を疑いすらしたが、ウラジオストクで4ヶ月間過ごしてみて、本当によかったと思っています。日本に帰ってから、「何であの時6ケ月で申し込まなかったのか」と思うことすらありました。だが、正直なところ、始めはやっていけるのか不安で仕方がなかったですし、後悔もありました。行ってからすぐにロシア語の事前学習をもっとするべきだったと気づきました。「会話をする上で、名詞や動詞がまったく足りない・・・。」普段身の回りにあるもの、している行動なども辞書を使ってやっと話していたとき、「自分は何をやっているんだろう」とも思いました。一緒に行った日本人すら会話したことがなく、「ロシア語より先に人間関係かな。」なんて考えましたし、帰りの飛行機で隣に座ったロシア人との会話でも分からない部分が多々あり、結局何をしたのだろうと思ったりもしました。ですが、考えてみると、以前ならきっと隣にロシア人が座っても、きっと自信の無いロシア語で話したいとは思えないでしょうし、話したとしてもまともに聞くことも、話すこともできずに会話はできなかったでしょう。そのきっかけで、自信が無くても会話してみようと思えました。それに、少しとはいえ会話できましたし、自分の言いたいことを伝えることもできました。日本でそれができるようになったかと聞かれたら、おそらく自分はそうなれなかったでしょう。思い返すほどに、得たものは大きかったと実感する留学となりました。